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もう20年以上前に印鑑の販売ために姓名 判断を覚えさせられたのが占いとの本格的な出会いだったと思います。しかし、売るための手段としての占いが、いつしか初対面の人の名前だけでその人の人生 が見えてくることが面白くて夢中になってしまい、あまりに当たるので、お客さんは私を先生と呼ぶようになってしまいました。しかし、印鑑はたいして売れな いというおかしなことになってしまい。印鑑のセールスは辞めてしまいました。その後も易を勉強したりもしましたが、占うことを専業としたことはありません でした。
今現在も、サラリーマンで あり、占い師であり、webデザインもなんとかものにしようとガンバていたりします。
これは、チャート的には色々理由はあるのですが、太陽が牡羊で突っ走って大切な物を忘れてしまうという性格から20代の頃に色々と失敗もしたことの反省か らかもしれません。本当に辛い時期もありました。神も仏もない、そんな風に思うときもありました。何度占っても悪い卦しか出てこない。人生とはなんと不公 平なのかと嘆く時期もありました。しかし、現実を受け入れて頑張るしかない。 そんな経験から、人間にとって一番大切なことは、そのとき自分のできうる限りの力でがんばる。 それしかないのだと思うようになりました。余計な夢は見ないようにしよう。自分に言い聞かせて、いつしか占うということもしなくなっていました。
しかし、書店で見つけた『ホロスコープメッセージ』と言う松村潔氏の著書が私に再び占いの火をつけてしまいました。 それ以後占星術ソフトのスターゲイザーを手に入れ、そのソフトが動くNECの98パソコンを買い。NIFTYに入会して 西洋占星術と名のつく本はかたっぱしから買いあさり、洋書を注文し、海外の占星術団体に入会し、NIFTYの占いフォーラムでは連日占断を書きまくってい ました。それまでの占い師の常識からすれば、公開でしかも無料で占うと言うことはなかったことだと思います。新聞や雑誌の人生相談なら、一方的な情報提供 だからありえるにしても双方向の情報交換であるパソコン通信の世界でこれをやったら、当たらないとかここが違うとか反論されたら、当たり外れだけにこだわ る占い師には信用問題だしそんな無謀なことをやるというのは論外だったと思います。しかし、私はやり続けていました。その原動力は、相談に来る人の苦しみが自分のことのように感じられたからだったと思います。
人生を豊かなものにしたければ、その出会いとチャンスを無駄にしてはいけないと思います。
占いは奇跡を起こしてくれる魔法の杖ではありません。しかし、古くさいお説教を押し付ける物でもありません。真実の姿を冷静に見つめるための道具です。 私にとって占うという事は、人間の欲や情に絡んでともすれば偏りがちな物の見方を、いろいろな角度から見直すための神聖な場といえます。
試練の時に必要以上に悲観的になったり、好調な時に有頂天になり過ぎないように戒めたり、 時にはチャンスを逃さないように飛び込む勇気をくれたりもします。
占いで師事した人はいません。しかし、NIFTYの占いフォーラムで出会った仲間には今も刺激を受けています。チャンスがあればもっともっと勉強したいと思っています。
所属する団体はありません。以前はAA、AFAの会員でしたが辞めてしまいました。
占いは、目に見えない世界と現実世界を結ぶ架け橋のように感じます。占い師は その通訳のようなもので、外国語を日本語に訳す時もそうですが、日本語が分かっていなければ上手く訳せないように人間や人生に対する見方が良い占いになるかそうでないかを左右するように思います
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