上記の内容をこれから書いていこうと思うのですがかなり時間がかかりそうです・・・。
西洋占星術の世界は、とても奥の深い世界です。満天の星に手が届きそうに感じるほど空が澄み渡っていた太古の昔から、ビルの谷間で星どころか月さえ見えない現代にいたるまで。時に王侯貴族とともにあり、またある時には神への冒涜だと迫害され、魔女のすることだと忌み嫌われら、迷信だインチキだと馬鹿にされ誤解されながらも、しかし、そこに救いを求める人には、限りない愛と救いをもたらしてきた。それが西洋占星術の姿です。
西洋占星術は、天体の運行から人の人生や社会の変化を象徴的に読み取っていく技術です。その歴史は古く、世界各地の文明のはじまりる以前から人々は天上の星の語らいに耳を傾けてきました。その中でも特にチグリスユーフラテスの川の流れのほとりに生まれたメソポタミア文明に起源をもつ西洋占星術は、天体の精密な動きを観察し神々の神話と共に粘土の板に葦の筆で刻まれたくさび文字の中にその始まりを確認する事ができます。
なぜ、天体の動きから、人間の性格や人生や社会の変化が読み取ることができるのか。その原理は、なかなかその全貌を見せてはくれません。時代が進み科学が全ての問題の答えを語ってくれるかと多くの人が期待をしましたが。残念ながらそこにも限界があることが分かってきました。人間が五感で感じ取れる世界の別の向こう側に五感を越えた一部の人の感性でしか感じ取ることができない世界があることに気が付き、それを何とかつまびらかに示したいと願っても、当の西洋占星術自身は、それを拒んでいるようです。「西洋占星術を戦争の道具に使おうとする人たちがいる以上、全てを知らせるわけにはいきません。」
西洋占星術は、当たる当たると騒がれる事が嫌いのようです。逆に当たらないと言われても気にも留めていないようです。
1999年の世界の終わりを暗示したノストラダムスの予言の時も、世の中を大いに心配させたにも関わらずそのような事件は起きませんでした。当たる事にこだわる人はがっかりする出来事でした。しかし。滅びに至らなかった事に胸をなでおろしました。予言が当たる事よりも世界が平和であることのほうがどれほど大切な事か、西洋占星術は、そんな当たり前のことを忘れることをしませんでした。しかし、今も世界中で戦争は終わる事がありません。
西洋占星術は、一体私達に何を求めているのでしょうか。西洋占星術に使われるポロスコープという天体を平面に写し取った円形の輪の中に、小さく凝縮された世界があります。この中には絶対的な物はありません。星は周り時に逆行しながら、平等にチャンスを与えるかと思えば試練を与えます。常に変化するその世界は、見る角度によって良くも悪くも思えます。人間にとって絶対であると思われがちな真も善も美も、その立場によって変わってしまう。そんな儚さをつきつけます。「大切なのは、相手を理解してありのままを受け止める大きな心を持つ事。」
私たちは、自分の側から西洋占星術に対して幸せになる方法や豊かになる道を示してくれと要求します。しかし、西洋占星術は、単なる便利な道具という立場に治まってはくれません。
文明の始まりから現代まで、そして未来へ「西洋占星術は、いったい何なのか」その答えを求めて時代時代によって色々なスタイルで探りながら追いかけまわす人間に、やっと捕まえたかと思うとまたスルリと違う横顔を見せて逃げてしまいます。
そうそう、西洋占星術という親から生まれた、天文学という娘がいます。最近はまるで自分ひとりで大人になったように親をバカにして見せます。時には自分こそが親であるように振舞います。しかし、親である西洋占星術は、目を細めて笑っています。「あなたに何が分かったというの?・・・私は、私の道を行くから、あなたはあなたの道を行きなさい。いつの日かお互いにわかりあえるときが来るわ、きっと・・・」
長い年月、多くの占星術師や研究者が追いかけてきた西洋占星術の内容を、私が今から追いかけてもどれだけ学ぶ事が出来るか分かりませんが、行ける所まで行ってみたいと思います。よろしければ御一緒下さい。旅は道づれと言いますからね。(^^)(2009/11/07記)
なぜ占星術は当たるのか?わたしが今の時点で分かる事を書いておきます。
天に行われる事は、地にも行われ、地に行われる事は、天にも行われる。照応と言います。または、シンクロニシティ(共時性)という言葉で説明する人もいます。私なら、こう説明します。因果関係のうちの結果の横並び。天体(マクロコスモス)と人間(ミクロコスモス)は、ある原因Xの結果の横並びとして存在している。もうちょっと具体的に書きます。例えば私の部屋には、納戸があります。この納戸の中には照明があります。納戸の戸が閉まっていると中の照明は点いているのか消えているのか分かりません。しかし納戸の入口にはこの照明のスイッチとPL(パイロットランプ)があって、パイロットが点いているか消えているかで、中の照明が点いているか消えているかが分かります。この照明とパイロットランプは同時に点いたり消えたりしますがこの二つの間には因果関係はありません。誰かがスイッチをONするという原因の結果としてパイロットランプと照明が同時に点きます。つまり原因が一つで結果が二つです。
ここで話を戻します。マクロコスモスとミクロコスモスはどちらも原因Xの結果として存在していて結果の横並びです。原因Xの表れとしてのマクロコスモスの天体の運行は、一つを見れば規則的に行われています。それが幾つもあって、それぞれの周期をもち、それが複雑に絡み合って万華鏡の様に数限りない文様となって現れます。となれば、ミクロコスモスの人の人生もどれ一つとして同じものはなく複雑に運行されるはずだということです。
人間一人一人の違いを示すものにDNA鑑定があります。事件の犯人確定に証拠として採用されるくらいですから。その信頼性は認められているようです。実はこのDNAのしくみも占星術と実によく似ています。占星術のほうがはるかに単純ではありますが、幾つものパーツの組み合わせによって何億何兆と変化する点が似ています。
しかし、それだけ確証が持てると言うなら、西洋占星術って完全な運命論?生まれた時に人生の全ては決まっちゃってるの?という疑問が出てきます。その答えは、象徴的にですがYESです。
これも具体的に例を挙げます。例えば東京駅を出発した新大阪行き新幹線ひかりは、ダイヤ(運行予定)通りなら一時間には静岡あたりでしょう。事故や気象状況が通常どうりなら変えられません。しかし、そこに乗っている乗客が列車の中で同じ行動をとっているわけではありません。外の景色を見る人、本を読む人、寝ている人、色々です。
人生には、個人の努力や選択では変えられない部分と、自由に選択できる部分の両方で成り立っています。
新幹線の運行は変えられないけど、その中での行動は自由なように、天体の運行に示される象徴的な世界は変えられませんが、それを具体的に表現するのは自分自身の選択です。これを占星術仲間では星を使うと表現します。自分の未来がどうなるのかを尋ねるのではなくて、自分で星の動きを見ながら選択するのです。
例えば、同じ星の下(タイムツインと言って同じ病院の分娩室の隣同志のベッドで同時に生まれたとか)ホロスコープが同じでもその人が具体的に何を選択したかによって具体的な人生は変わってくるはずです。(2009/11/16追記)